日本の学校をインクルージョンにするためには〜子ども部会学習会 報告書から

先日、東京・生活者ネットワークの子ども部会で学習会を開催しました。私も部会メンバーとして参加し、報告書にまとめましたのでご一読ください。

 

日本の学校をインクルージョンにするためには~フルインクルーシブ教育へのロードマップ
講師 一木玲子さん(東洋大客員研究員)

・国際人権から見た日本の特別支援教育

障害に基づくあらゆる差別の禁止などを定めた「障害者権利条約」
この条約は2006年に国連で採択され08年に発効し、日本は14年に批准しましたが、国際条約違反の状態が続いている現状についてまずお話いただきました。
2022年9月に公表された勧告では、精神科病院での無期限の入院の禁止や、施設から地域生活への移行を目指す法的な枠組みづくりのほか、障害のある子とない子がともに学ぶ「インクルーシブ教育」の確立のために、すべての障害のある生徒が個別支援を受けられるよう計画を立てるといった対応の必要性が指摘されました。
地域の学校への就学を拒否されたり、合理的配慮がされないために行きたいと思っても地域の普通学校を選べない現状があります。入学が許可されても、その環境は必ずしも子どもが安心して学べるとはいえず、保護者は付き添いのため働くことができないなどの課題を抱えています。文科省は2013年の制度改革により、特別支援学校か普通学校かを本人と保護者の意思に基づき選択できることにした、通常学級に在籍しながらサポートを受ける児童の増加などからインクルーシブ教育は前進したと答えていますが、実際には、就学先の最終決定は各教育委員会であり、特別支援学校や特別支援学級の増加により、分離された環境で学ぶ子どもは増え続けています。

・国連が定義している「インクルーシブ教育」と日本の特別支援教育の違い

国連は、障害者権利条約第24条一般的意見4号のなかで「インクルーシブ教育とは、障害の有無にかかわらずあらゆる可能性のある児童・生徒が同じ教室で一緒に学ぶことである。(中略)インクルーシブ教育とは、全ての児童生徒が(上記の)教育を受けられるようにするため、教育のあり方を大きく変えることを指す」と定義しています。
また、「分離教育は分離した社会を生む」「インクルーシブ教育は共に生きる社会の礎である」としています。しかし日本では、少子化でも特別支援学校の開校が相次ぎ、特別支援学級も増えており世界の動きとは逆行しています。
「分離は差別である」という指摘を受け止め、合理的配慮が保障され、普通学級を選べるようにする社会を目指すべきとお話しくださいました。
さらに、教育のあり方を大きく変えることの必要性についても述べられました。
同じ達成基準を求めていては、多様な子が学びづらい環境になってしまい、教育や学力の捉え直しが必要。例えば、学校に忘れ物をしたとしてそれは本来の問題ではなく、学校の目的は勉強することであるのだから、忘れ物をしたら勉強ができないという姿勢はむしろ学ぶ権利を奪うことで、集団である学校においては、貸し借りの人間関係を構築するなど、忘れ物があっても授業ができるような環境をつくり、集団で補い合っていくことを目指すべきというお話しが印象に残りました。

・日本の先進事例の紹介、今できる事、すべきこと
国として、インクルーシブ教育を捉え直しそのための環境整備をする必要があるなかで、すでに先進的な取り組みをする芦屋市、東大阪市、三木市、藤沢市などの事例紹介をしていただきました。
そこで大切にされていることは「地域の子は地域で育つ」。
芦屋市では「就学通知書兼健康診断通知書」がすべての子どもに送付されるとのこと。市の「地域の学校でともに学びましょう」という思いがそこから伝わってきます。
また、東大阪市では基本は地域の普通学校へ就学、支援学校への入学を希望する場合のみ手続きをというスタンス。私の住む国分寺市では、保護者や本人の意向は聞くが最終的な判断は教育委員会です。自分の学びたい環境が選べない状況がまだ続いていますが、こうした国内の事例にはとても勇気づけられます。
インクルーシブは良い悪いではなく、人権であるという理解を広げていく必要があると感じました。すべての子どもが通常学級に通えること、そのためには学校がどの子にとっても安全で、安心して過ごせる場所になる必要があります。

質疑応答の時間に、会場の古濱かおる国立市議から、元大阪市立大空小学校校長木村泰子先生、東大大学院教育学教授小国喜弘先生と市民との懇談会「国立市のフルインクルーシブ教育について考える会」での模様について、関口江利子世田谷区議からは、実際に芦屋市と世田谷区で暮らした経験から我が子の様子の変化についての共有がありました。また、白石悦子東村山市議からは、特別支援学級の子ども達には通常学級に支給されている教科書ではなく、教科書に類するものとして一般図書と星本が支給されていること。特別支援学校高等部を卒業しても、学歴は高卒でなく中卒のため、進学や就職には困難な現状があると問題提起がありました。
ともに学ぶ中でしか得られない経験は、障害のある子どもにとってだけではなく、すべての子どもにとって生きていくうえで必要で非常に大切な力を育んでいくものと感じました。
保護者の中には手厚い支援が受けられることや普通学校でのいじめの懸念などから特別支援学校や特別支援学級を望む方もいます。しかし、通常の学級が障害の有無にかかわらず学べる環境になり、誰もがそのままでいいと認められる場所に教室を整えさえすれば、現在学校に通えない子どもたちにとっても行きやすい、行きたくなる学校になるのではないでしょうか。
最後に述べられた「インクルーシブ教育とは、結果でなくプロセスである」「するかしないかではなく、どうすればできるかを考える」という言葉に力をいただきました。
インクルーシブ教育なくして、インクルーシブな社会は実現できないと確信する、実り多き学習会でした。